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ハンティング・パーティ -CIAの陰謀-
評価:
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エイベックス・マーケティング
コメント:期待はずれで得たものは・・・・。

 実在の記者をモデルにしているというふれこみと、社会派サスペンスというコピーを信じた方は、とんだ肩透かしという感想を与えてしまいます。
さらに、副題に「CIAの陰謀」も拍車をかけていませんか?

ある意味「邦題のウソ」や「商業的なコピー戦略」には騙されないぞと思ってみると、それほど腹も立たないかもしれませんが・・。

とにかく、映画産業っていうか、この情報が氾濫するご時勢ですから、受け手側も少しは応戦手段を持ってみるということでいかがでしょうか?

普通なら、「戦争」「ジャーナリスト」「陰謀」とくれば、「大義名分」→「国家の利益」→「暴露」などを結び付けますが、結果は私怨というか、個人の感情が大きく扱われていたというお話です。

こちら側が、ある種勝手に「そうだろう。」と思い込んでいるということが問題で「そうだ。」とは言っていないから仕方が無いわけです。

そこでこう思うのはどうでしょうか?

戦争や紛争で犠牲になる対象は、実は罪の無い民間人で、国家の威信や大所高所から物事を考えたり、世界を担っている「お偉い人」ではない。
むしろ、そんな小難しいことよりも「愛するもの」を守るために「命を懸けて」戦うし、生きる訳である。
人種の違いや国益の有無、異なる正義のぶつかり合いも、「本来は個人の愛」があればこそのはずである。
それが、良く分からない具合で「大きな揉め事」になってしまったとしたら、やっぱりおかしいと思わざるを得ない。

意外と驚いたことは、「分かりきっていることを言うとき、人は躊躇」したり、「分かった振りをしないと不安になる」ということを感じた。
もしこの作品が、前評判やコピーどおりの戦争ドキュメントで、プロパガンダや政治色一色のものであったならどうだったのだろうか?と。

「ああ、なるほどね。」と分かった振りをして満足したんだろうかと・・・。
そんな事が気になった作品でした。

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